ニューヨーク〝恋〟物語《2》

日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

うわー!

ゆみたちが、スイーツの売店で、デザートを選んでいると、スタジアムからものすごい大歓声が、沸き上がっていた。

「なんかホームランとか打ったのかな?」

良明が、歓声に驚いた様子だったのを見て、ゆみは言った。その大歓声に、店の中にいたお客さんも皆、スタジアムの方に行ってしまった。今まで、混んでいた店内が空いて、ゆみたちは、デザートを選びやすくなった。美味しそうなストロベリーのパフェがあった。

「あたし、これにしよう!」

ストロベリーが大好きなゆみが、言った。良明は、ゆみの側で、いろいろなスイーツを眺めているだけだった。

「良明君は、どれにする?」

ゆみが聞いたが、良明は、スイーツを、あっちこっち眺めているだけで、選ぼうとしない。

「じゃ、あたしと同じのにする?」

ゆみが、仕方なく良明に提案すると、良明は、黙って頷いた。ゆみは、ストロベリーのパフェを二つ持って、それに、兄のベーグルを取って、レジで店員さんに渡す。

「美味しそうだね♪」

ゆみは、良明と手をつないで、一緒にスタジアムに戻っていった。

「はい。ベーグル」

ゆみは、席に戻ると、兄の隆に買ってきたベーグルを渡した。

「ベーグルにしたんだ。美味しそうだな」

隆は、ゆみから受け取ったベーグルを食べた。

「ゆみは、パフェにしたのか。良明も同じなんだ」

隆は、ゆみたちの食べているものをチェックして、言った。

「お兄ちゃん、スコアブック書いていないよ」

ゆみは、買物に行っている間、兄に、スコアブックの記帳を頼んでおいたのだった。でも、兄は、ちっとも記帳してくれていなかった。せっかく、きちんと全部記帳していたのに、スコアブックの間が抜けてしまった。

「さっきって、ホームラン打ったの?」

ゆみが、お買物中に上がった大歓声のことを、兄に質問した。

「違う。もう少しで、ホームランになりそうだったのが、ファインプレーで捕られた」

「そうなの、残念」

結局、その日のゲームは、ヤンキースが負けてしまった。ヤンキースタジアムのゲームなので、ヤンキースファンが多いため、皆残念そうだった。

「また、今度は、勝つゲーム見に来ようね」

「今度が勝つかどうかは、わからないだろう」

隆は、ゆみに笑いながら言った。

「あたしは、どっちが勝っても、負けても、どっちでもいい。それより、良明君やシャロルたち、お友だちと遊びに来れるのが楽しい」

ゆみは、隆に言った。

「ああ、そうだね。今度は、シャロルも誘って、良明と三人で来ような」

隆は、ゆみに返事してから、良明に聞いた。

「良明は、シェイスタジアムは、行ったことあるか?」

良明は、首を横に振った。

「それじゃ、今度は、シェイスタジアムに行こうか」

隆は言った。良明は頷いた。

「あたしは、ジャイアンツスタジアムに行ってみたい」

ゆみは、言った。

「ジャイアンツスタジアム」

「うん。一度でいいから行ってみたい」

ゆみは、言った。ジャイアンツスタジアムは、ニューヨークジャイアンツのスタジアムだ。ニューヨークジャイアンツは、野球ではなく、フットボールのチームだ。

「フットボールは、今はまだシーズンじゃないだろ」

隆は、言った。アメリカでは、野球のチケットよりも、フットボールのチケットはなかなか手が入りにくい。ゆみも、まだ一度も行ったことがなかった。

「今シーズンが始まったら、行けたらいこう」

隆は、ゆみに、そう言ってくれた。ヤンキースタジアムを出て、帰りの駐車場までの道が、真っ暗で恐かった。試合が始まる前は、まだ明るかったのだが、試合が終わった帰りは、夜になってしまい、周りは、完全に真っ暗だった。真っ暗になると、ヤンキースタジアムの周りは本当に恐かった。隆は、ゆみと良明の手を、しっかり握って、駐車場の車のところに行った。大人の男性の隆でも、ちょっと恐いぐらいだった。急いで、車に乗ると、しっかりドアをロックしてから発進させた。

「明日も学校があるんだから、帰ったら早く寝なさい」

隆は、二人に言った。

「昨日、ヤンキース負けちゃったね」

次の日、ゆみが学校に行くと、シャロルに言われた。

「うん。残念」

ゆみは、返事した。

「でも、良明君と一緒に見に行って、とっても楽しかったよ」

「今度は、あたしも行きたい」

「うん。行こう」

「土曜とかのデーゲームだったら、あたしたちだけでも、行かせてもらえるよね」

ゆみも、シャロルの言葉に、大きく頷いた。ヤンキースタジアムならば、皆の家からも近いからバスに乗っていけるし、シェイスタジアムだとケネディ空港の方まで行かないとならないから、車で行かないといけないから、子供だけだと行けなくなってしまう。

お昼休みになると、ヒデキたちがやって来た。

「良明、今度の日曜は、試合だから午前中から集合な」

ヒデキは、良明に声をかけた。けど良明は、ゆみの脇に隠れるようにして黙ったままだ。

「試合って?」

代わりに、ゆみがヒデキに返事をした。

「今度の日曜、俺たち日本人チームとアメリカ人チームで、野球の試合をするんだよ」

「そうなの。良明君も出るの?それなら、あたしも応援に行こうかな」

ゆみは、良明に聞いた。

「ゆみちゃん、応援に来るの?」

ゆみの言葉を聞いて、ヒデキが嬉しそうに、ゆみに聞いた。

「良明君が出るなら、あたしも、応援に行こうかなって思って」

ゆみが、ヒデキに言った。

「隆さんも来るんじゃないかな」

椎名が言った。

「お兄ちゃんも、野球しに来るの?」

「隆さんは、俺たちの野球の審判、アンパイヤしてくれるんだよ」

ゆみが聞くと、椎名が答えた。

「じゃあ、あたしもお兄ちゃんと一緒に見に行こう」

「ゆみちゃんが来るなら、俺めちゃくちゃ頑張るぞ」

ゆみの言葉に、ゆみのことを片思い中のヒデキが張り切っていた。

「あたし、ヒデキ君じゃなくて、良明君のこと応援に行くんだけど」

ヒデキの言葉を聞いて、ゆみが慌てて付け加えた。その肝心の良明は、ずっと、ゆみの脇で静かなままだった。

「なんで良明って、学校じゃ、何も話さないんだろう」

それを見て、ヒデキが言った。

「野球のときとかは、お話するの?」

ゆみがヒデキに聞いた。

「野球は、良明はキャッチャーやってるから、めちゃ声もでかく話すよ」

「お兄ちゃんとも、良明君ってお話してたのよ」

ゆみが、ゆりこ先生の家に遊びに行ったときのことを思い出して答えた。

「あたしとだけは、お話してくれないのよ」

ゆみは、ちょっと悲しそうに言った。

「おーす!」

ゆみは、後ろからやって来たシャロルに、急に声をかけられた。ちょうど、ヒデキと次の日曜の野球の話をしていたときなので、びっくりした。

「今度の日曜に、野球があるんだって」

「また?今度はヤンキース?それともメッツ?」

「ううん。そっちじゃなくて、良明君たちが野球するの」

ゆみは、返事した。

「へえ、それじゃ、あたしたち、皆で良明のこと応援しに行こうよ」

「うん、そうしよう。あたし、お弁当作っていく」

「それじゃ、あたしは、パイ焼いていくよ」

シャロルの焼くパイは、すごく美味しいのだ。ゆみは、シャロルのパイが大好きだった。

「何を着ていこうかな?」

シャロルは、言った。

「この間、買った可愛い服があるんだけど、それを着ていこうかな。ゆみちゃんも、なんか可愛いスカート着てくれば…」

「あたしは、スカートはいい。普通にジーンズ着ていく」

「どうして?ゆみちゃんのスカート、ぜったい可愛いと思うよ」

さっきまで、日曜の野球のことで、男の子たちが話を盛り上げていたのに、今は、すっかり女の子たちのほうが話を盛り上げていた。

 

「お兄ちゃん、日曜に野球のアンパイヤするの?」

ゆみは、その日の晩の夕食のとき、隆に聞いた。

「うん。ヒデキか誰かに聞いたのか?」

「うん。あたし、シャロルと一緒に、良明君の応援に行くの」

「あ、そうなんだ」

「お昼は、良明君の分のお弁当作って、持っていてあげるのよ」

「じゃ、俺の分も作ってきてよ」

「ええ、お兄ちゃんのも…」

ゆみは、苦笑いした。

「ゆみは、どっちのチームを応援するんだ?」

次の日曜の野球の試合は、日本人チーム対アメリカ人チームだ。

「良明君のチームのほう」

「シャロルもか?」

「うん。もちろん」

日本人チームは、良明やヒデキ、椎名など、いつも公園で集まって、野球をしている日本人の子供たちの中から選抜されたチームだ。アメリカ人チームというのは、竹村君という日本人の子が、自分のクラスの仲の良い野球好きのアメリカ人の子たちと組んだチームだ。竹村君は、日本人なのだが、土曜だけの日本人学校にも行っていない。日本人の子が集まって、遊んでいる場所にも来ないで、いつも学校でも、クラスのアメリカ人の子たちと一緒に、遊んでいる変わった日本人の子だった。竹村君は、日本人の子たちが皆、公園に集まって遊んでいることは知っている。のだが、あえて、その中の仲間には入らずに、アメリカ人の子たちと遊んでいるのだった。野球をするときも、アメリカ人の子たちと組んで遊んでいる。それで、ときどき日本人チームのヒデキたちに、試合をしようと申し込んでくるのだ。

シャロルのうちは、ゆみの家からだと、学校をはさんで向こう側にあった。だから、いつも学校が終わって帰るときも、シャロルとは、道が逆さまになってしまうため、一緒に帰れないのだ。

日曜の野球の試合は、学校のすぐ脇にある公園のグランドで行われる。最初、ゆみとシャロルは、別々に公園に応援しに集まるつもりだった。でも、金曜のお昼に、ゆみが、日曜は皆のお弁当を作ってから行くって説明したら、シャロルも一緒に作るってことになったのだった。

ピンポーン!

日曜のお昼前、シャロルが、ゆみの家にやって来た。

「おはよう」

ゆみが、玄関のドアを開けると、シャロルが挨拶しながら入ってきた。

「おはよう」

ゆみも、学校でなく、週末に、シャロルと会えるのが嬉しくて、笑顔で答えた。

「お兄ちゃんは?」

「もうお出かけしちゃった」

二人は、台所に行くと、お弁当用のお料理を始めた。

「なに、それ」

シャロルは、ゆみが開けた炊飯器のご飯を覗き込んで聞いた。アメリカ人のシャロルには、炊飯器のお米は、めずらしいものだったようだ。ホクホクと湯気をたてているお米を、ものめずらしそうに、つまんで食べた。

「おにぎり、ライスボールを作るの」

ゆみは、シャロルに、おにぎりの作り方の説明をして、握ってみせた。

「ヒデキ君が、よくお昼に食べているやつよね」

シャロルも、出来上がったおにぎりの姿は、よく知っていた。学校のお昼ごはんのときに、ヒデキが銀色のアルミホイルに包まれたおにぎりを食べながら、歩いていたからだ。

「そういえば、良明君のお昼は、いつもサンドウィッチだよね」

「そうね」

最近の良明君の学校のお弁当は、そういえば、いつもサンドウィッチだったなって、ゆみも思った。もしかしたら、ご飯よりもパンの方が、あたしが食べさせやすいからなのかなとも思った。

最初は、丸くならなかったシャロルのおにぎりだったが、だんだん上手になってきて、丸いおにぎりが握れるようになってきた。うまく握れるようになってきて、シャロルは、おにぎり作りが楽しくなってきた。

二人がおにぎりを握っていると、メロディがキッチンに入って来た。

「うん、メロディ」

シャロルは、手でおにぎりを握っているため、足でメロディを撫でた。シャロルは、もう何度も、ゆみの家には来たことがあるので、メロディとも顔馴染みだった。メロディは、シャロルの指に付いたおにぎりの具を飛び上がってなめた。

「あ、ノー。メロディ」

ゆみは、それを見てメロディを叱った。ゆみが叱った後は、メロディは、ちゃんとお座りしたまま、静かに、二人がお弁当を作っているのを眺めていた。

「メロディは、いつもいい子だね」

シャロルは、それを見て、メロディのことを褒めてあげた。

「たまに、悪いことするときも、あるんだけどね」

ゆみも、メロディを撫でてニッコリした。二人が、お弁当を作り終えたら、おかずの鮭が少し余ってしまった。

「メロディ、食べる?」

ゆみは、メロディの方を向いて聞いた。メロディは、尻尾を振って答えた。

「あたしがあげてもいい?」

シャロルは、ゆみに聞いた。ゆみは、うんと頷いた。シャロルは、余った鮭を少しずつ、ぜんぶメロディに食べさせて上げた。

「出かけようか」

ゆみは、自分の部屋に行って、カーディガンを取ってくると、シャロルに言った。シャロルは、出来上がったお弁当を、バスケットに丁寧に詰め込んでいた。

「あたし、持って行くよ」

シャロルは、お弁当の入った大きなバスケットを持ってくれた。

「ありがとう♪」

ゆみは、シャロルに言った。シャロルは、体のあまり強くないゆみに代わって、いつも大きな荷物や重たいものを持ってくれる。学校でも、理科の実験の道具とか、大きな荷物をよく持ってくれていた。ゆみは、玄関の鍵をかけて、肩から提げた小さなポーチにしまう。二人が、アパートメントの廊下をエレベータの方に歩いていく。前からエレベータのドアが開く音がした。それと同時に、ゆみには、聞きなれた犬の鳴き声が前からしていた。

「メロディ!何やっているの」

メロディは、エレベータが来たよって、二人に向かって知らせてくれていた。自分も一緒に出かけるつもりなのか、メロディは、エレベータの前で座って待っていた。

「メロディも一緒に行くの?」

ゆみが、メロディのほうを見ながら言うと、メロディは、もちろんって感じで、エレベータの中に入って、お座りしていた。

「じゃ、一緒に行こう」

三人がエレベータに乗ると、扉が閉まって、下に降りていった。公園への道は、メロディが二人の前を歩いていた。ゆみとシャロルは、メロディの後ろ姿を見ながら、おしゃべりしながら、公園までの道を歩いていた。公園の見える丘までやって来ると、公園で、野球をしている皆の姿が見えた。野球は、もう既に始まっていて、バッターの後ろのところに、兄の隆が立って審判していた。隆の前、バッターとの間にしゃがんでいる良明の姿があった。

「良明だ。良明ってキャッチャーやっているんだ」

シャロルは、良明の姿に気づいて、ゆみに言った。

「しまっていこうぜ!」

良明が、丘の上のゆみたちのところまで聞こえるぐらいの大声で叫んでいる。

「あれって良明の声?」

シャロルは、その大声を聞いて、ゆみにたずねた。ゆみは頷いた。良明は、学校では一切話さないので、シャロルも、彼の声を聞くのは初めてだった。

「行こう」

二人は、急いで丘を駆け下りて、公園のグランドに向かった。野球の行われているグランドに着くと、日本人チーム側のベンチに行く。二人は、空いているベンチにお弁当のバスケットを置いて座る。日本人チームは、今は守っている方で、ベンチには、あまり人が残っていなかった。代打とか補欠で数人の日本人の子は、ベンチに残っていた。その残っている中に、ゆみと同い年のおさむ君の姿があった。

「こんにちは」

ゆみは、おさむ君に日本語で声をかけた。

「こんにちは。応援に来てくれたの?」

「うん」

ゆみは、頷いた。

「今、うちらのチームは、負けているんだ」

「じゃ、いっぱい応援しなくちゃね」

ゆみは、おさむ君に言った。

「あれ、ゆみちゃんじゃない」

アメリカチームのベンチにいるドミニクが、ゆみに気づいて言った。

「シャロルも一緒じゃん」

ロイが、ドミニクの言葉に答える。

「なんで、あの二人は、あっちのチームにいるの?」

「あいつらアメリカ人だろ。こっちに呼んで来ようぜ」

ロイとドミニクは、バックネットの裏を通って、日本人チームのベンチの方に来た。

「ゆみちゃん。ベンチ間違えていないか」

「俺らのチームのベンチは、向こう側なんだけど」

ロイたちは。ゆみに説明した。

「あたしたち、今日は良明君のチーム応援しに来ているの」

ゆみは、二人に言った。

「アメリカチームは、向こうなんだけど…」

ドミニクが、シャロルに言った。

「あたしは、アメリカ人だけど、今日は、クラスメートの良明の応援だし」

シャロルも答えた。

「ゆみちゃんだって、アメリカ人だろ」

「あたし、アメリカ人じゃないよ。日本人だよ」

ゆみは、ドミニクの言葉に言い返した。

「そうよ。あそこにいる日本人のアンパイヤが、ゆみちゃんのお兄さんだものね。日本人の兄を持っているんだから、ゆみちゃんも日本人よ」

シャロルも、付け加えた。

「でも、ゆみちゃんって日本語あんまり話せないじゃん」

ロイの言葉に、ゆみは、何も言え返せなかった。あたしも、もっと日本語上手に話せるようにならなくちゃ、そう思うゆみだった。

「俺らのチームにお出でよ」

ドミニクは、ゆみのことを引っ張って、自分たちのベンチに連れていこうとした。

「でも、あたし良明君の応援だから」

ゆみが断っても、ドミニクも、ロイも、自分たちの方に来て欲しそうだった。

「あたしが行ってあげようか」

シャロルが言った。

「シャロルは、こっち応援してなよ。ゆみだけ来なよ」

ロイがシャロルに言った。

「なんでよ」

シャロルは、ロイの言葉に、ちょっと不満そうだった。ゆみは、飛び級で実際の年齢よりも、上の学年になっているために、同級生たちから年齢が年下で、背も低いため、かわいい妹のように思われているせいか、学年の皆からけっこう人気があった。皆から、ゆみちゃん、ゆみちゃんと親しまれていた。ドミニクも、ロイも、ゆみとは、別の違うクラスの生徒なのだけれども、仲良くしてくれていた。ドミニクとロイは、竹村と同じクラスの子だった。

ゆみが、後でアメリカチームのベンチに、遊びに行くからって言ったので、ロイたちは、自分たちのベンチに帰っていった。

「ゆみちゃんって、ロイたちと同じクラスなの?」

自分のベンチに戻っていくロイの姿を見ながら、おさむが言った。

「ううん。違うよ」

「ロイは、竹村君や間宮君と同じクラスよ」

「そうなんだ」

おさむは、ゆみから聞いて納得した。ゆみが飛び級で5年生にならなかったら、今ごろ、おさむとゆみは、3年生で同級生同士だった。

「あれ?間宮さんって、クイーンズの日本人学校いっているじゃないの」

おさむは、ゆみの言った言葉を思い返して、ふと疑問に思った。

「そうなの?」

ゆみが、おさむに聞いた。

「間宮さんって、クイーンズの日本人学校だよね」

おさむは、横にいる同じクラスの3年の田中に確認した。

「間宮さんって、ずっと竹村さんと同じクラスだったんだよ。それが、2ヶ月ぐらい前に、うちらの学校をやめて、クイーンズの日本人学校に転校したんだよ」

田中が説明した。

「そうだったの。転校したことは、あたしも知らなかった」

ゆみが言った。

「ね、この子は、あたしと同じクラスのシャロルって言うのよ」

ゆみは、おさむと田中に、シャロルのことを紹介した。

「シャロル、あたしが2年生のとき、クラスメートだったおさむ君」

ゆみは、シャロルにも、二人のことを紹介した。ゆみが、おさむたち皆としゃべっている間にスリーアウトになった。今度は、日本人チームが打つ番なので、アメリカチームが守りに行った。日本人チームの選手たちは、交代で皆ベンチに戻ってきた。現在、日本人チームは、大量差でアメリカチームに負けていた。日本人チームの選手たちは、気合を入れて逆転するために、ベンチの前に集まって、そこでミーティングした。

「よーし、頑張っていくぞ」

「しっかりボールを見て、打っていけ」

チームのキャプテンのヒデキが、皆に激を飛ばす。

「ボールをしっかり見て、思い切り打てば、飛ばせるぞ」

キャッチャーの良明も、大声で、ほかの選手達に気合を入れた。そんな良明の姿をベンチで見ていたシャロルは、びっくりした顔していた。いつも学校では、一言も話さずに、ゆみに手を引かれているだけなのに、今、グランドにいる良明は、すごく元気なのだ。

「ね、あれが良明君なの?」

シャロルは、思わず、ゆみに聞いた。

「そうなの。なんか、野球とかお兄ちゃんの前だと良明君って元気にお話してるのよ」

ゆみも、驚いた様子で、シャロルに返事した。

「どうしてだろう?日本語だからなのかな、英語がわからないからとか」

シャロルは、言った。

「そうなのかな」

ゆみも、シャロルに言われて、そういえば、日本語だから野球とかお兄ちゃんとは、お話して、日本語の下手なゆみとは、お話してくれないのかなとも思った。ベンチの前でのミーティングが終わり、次のバッターのヒデキは、バッターボックスに向かった。ほかの選手たちは、ベンチに入り座った。良明も、ベンチに入ってきて、端のほうの空いていた席に、座ろうとしていた。ゆみは、良明がベンチに入ってきたのを見て、声をかけようか迷いながら、良明のほうを見ていた。おさむは、ゆみが良明のほうを見ているのに気づいて、良明に声をかけた。

「良明さん、こっちに、ゆみちゃんが応援に来てくれていますよ」

そう言いながら、おさむは、自分とゆみの間の席を詰めて空けた。良明は。おさむに声をかけられて振り向いて、おさむとゆみの方を向いた。

「こんにちは」

ゆみは、良明に日本語で挨拶した。良明は、ゆみの方のおさむが空けてくれた席には行かずに、さっきまで座ろうとしていた端の席に座ろうかなって思って、そっちを見た。見ると、その席には、既にほかの人が座ってしまっていて空いていなかった。おさむは、なんで良明が、こっちの空けてあげた席に来ないんだろうって、不思議そうな顔をして見ている。良明は、ほかに席が空いていず、仕方なく、ゆみの横の席に来て座った。

「シャロルと二人で、お弁当作ってきたのよ」

ゆみは、横に座った良明に言った。良明は、黙ったまま、静かにゆみの言葉に頷いただけだった。さっきまで、元気に大声出していた良明なのに、ゆみの横に座った途端、なんだか静かになってしまった。

カーン!

ヒデキが打った。ボールは、外野の方に大きく飛んでいった。ボールは、守っている選手の間を抜けて、どんどんころがっていく。

「走れ、走れ!」

日本人チームの皆は、ヒデキに声をかけて、ヒデキも一生懸命走る。ベンチの皆は、ヒデキの打ったボールの方に夢中になっていた。チームは、負けているので、皆、ヒデキの走りを必死に大声で応援している。おさむも、田中も皆大声で応援している。なのに、ゆみの横のベンチに座っている良明は、静かなままだった。おさむは、いつもなら一番に大声で応援しているはずなのに、自分の横に座っている良明がずいぶん静かに応援しているなって思った。

「良明さん、ヒデキさんは、三塁まで行きましたね」

おさむは、横の良明に声をかけた。良明は、何も言わずに、おさむの方を笑顔で向きながら頷いた。

「よかったね」

ゆみも、良明の顔を覗き込みながら言った。日本人チームのチャンスにシャロルも大喜びしてくれている。しかし、ランナーが三塁にいることで、ピッチャーの竹村の気合が入ったのか、その後のバッターへのピッチングは、厳しくなってしまった。結局、ランナーを三塁に残したまま、スリーアウトチェンジになった。日本人チームの選手は、皆残念そうにしながら守りについた。良明も、グローブをして、グランドに走っていってしまった。ゆみの横から離れて、グランドに着くと、急にまた元気になって、良明は、皆に激を飛ばした。

「良明君って、日本人の中に行くと元気になるね」

シャロルは、ゆみに言った。

「ゆみちゃんの横にいるときは、静かなんですね」

おさむも言った。

「そうなのよ。良明君に、あたしは、嫌われているのかも…」

ゆみは、おさむに、ちょっと悲しそうな表情になりながら言った。

「え、逆じゃないんですか。良明さんは、ゆみちゃんのことが好きだから、ゆみちゃんの前では、緊張でお話できなくなっているんじゃないのかな」

おさむは、ポツリと言った。

「え!?」

ゆみは、おさむの言葉にびっくりした。今まで、ゆみとは、話してくれないのは、ゆみの日本語が上手でないから、って思いながらも、もしかしたら良明に嫌われているのもあるのかなって思っていたので、おさむの言葉に驚いた。

「そうかもね。良明君って、ゆみのこと好きなのかもね」

シャロルも、おさむの言葉に賛成した。

「だって、良明君って、学校で教室を移動するときとかに、ゆみと手をつなぐと、すごく嬉しそうな顔をするもの」

シャロルも言った。

「そうなの?」

ゆみは、学校で良明と手をつないだときに、良明の顔なんて見ていなかった。

「うん。たぶん良明君って、ゆみのこと好きだよ」

「だったら、嬉しいけど」

ゆみは、嬉しそうに言った。

「ゆみちゃんも、良明さんのこと好きなの?」

おさむが、ゆみに聞いた。

「うん。だって良明君は、あたしとシャロルの大切なお友達だもの」

ゆみは、答えた。野球の試合は、ラッキー7の7回になった。あいかわらず、日本人チームは、大量差で負けていた。時間は、お昼を少し回ったところなので、ここで試合は一旦休憩になった。お昼のお弁当を持ってきた人は皆、お弁当を広げて食べる。アメリカでは、あまり外に、お弁当を持って出かけて食べる人は少ない。アメリカチームの皆は、公園の脇の道路に売りに来たアイスやベーグルの移動販売車に行って、そこでアイスやベーグルを買ってきて食べている。日本人チームの皆も、半分ぐらいは、移動販売車に行って買っている。あとの半分ぐらいは、うちからサンドウィッチを持って来て、それを食べていた。隆が、アンパイヤの席から離れて、ゆみの方にやって来た。

「お兄ちゃんの分もあるよ」

ゆみは、バスケットの中から、シャロルと一緒に作ったお弁当を広げながら、言った。

「うわ、美味しそう。すごいいっぱい作ってきたんですね」

おさむは、バスケットから出てきたお弁当を見て、三人が食べるには、量が多いなって思いながら、言った。

「良明君の分も作ってきたの。あと他の人たちも食べるかなって思って」

ゆみは、おさむに言った。

「おさむ君も食べるでしょう?」

シャロルが、おさむに聞いた。

「いただきます!」

おさむは、嬉しそうに答え、シャロルが差し出したお弁当の箱から、おにぎりを一個手にとって食べた。

「なんか、このおにぎり形がすごいな」

隆が、手にしたおにぎりを口に入れながら、そのおにぎりの、いびつな形なのを見て言った。

「それ、あたしが、最初の方に作ったおにぎりかも」

シャロルが、苦笑しながら言った。

「ああ、でも、食べたら美味しいよ」

隆は、美味しそうに食べながら、返事した。シャロルは、隆の優しい言葉に嬉しそうに、にっこりした。ゆみのお兄さんって、いつも優しくて、素敵なお兄さんだな。シャロルは、そう思っていた。

ゆみも、シャロルも大満足だった。皆が、自分たちが一生懸命に作ってきたお弁当を美味しいって食べてくれたからだ。でも、ゆみは、ひとつだけちょっと悲しいことがあった。一番、良明のためにと思って作ってきたのに、その良明が、ちっとも食べてくれていなかったのだ。そのことに気づいたのか、隆は良明に声をかけた。

「良明、せっかく、ゆみが作ってきたのだから、おにぎり食べてやってくれよ」

「どうぞ」

ゆみは、良明に、おにぎりを差し出した。良明は、その日の朝、家を出てくるとき、母にお弁当を作ってもらえると思っていた。野球の道具を持って出かける前に、母に言った。

「野球に出かけるけど、お昼のお弁当は?」

「今日はなんか、ゆみちゃんが良明のために、美味しいお弁当作って持ってきてくれるんですって。だから、お母さんは、お弁当作らなかったわ」

母にそう言われてしまったため、お昼の食事は、何も持って来ていなかった。午前中は、野球で運動したので、実は良明もお腹が空いていた。

「どうぞ」

ゆみに、良明は、おにぎりを差し出された。

http://newyork-stories.seesaa.net/index-749.html

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